▼ 練習とは、良い癖をつけるため

白井監督は子どもたちにそう伝えています。「サッカーという競技特性からすると、落ち着いてゆっくり考えてプレーする時間はありません。スピードと敵の存在は、無視できないということです。いかにその瞬間に、早く閃き、正しく実行に移しているのか?というスピードが良い判断力に繋がります。そのために、無意識で行えるように、良い癖をつけることは大切です。」

人はどのようにして、癖(習慣)を身につけていくのかを考えると、大きく2つの脳の役割が関係していることがわかります。

前頭葉(ぜんとうよう)

額のすぐ裏にあり、脳の意識の領域です。自分が自分であることを認識したり、「何をするとどうなるか」など行動と結果を考え、意思決定を行います。人が他の動物と大きく違う部分は、この前頭葉のお陰です。言わば、脳の司令塔。但し多くのエネルギーを消費し、すぐに疲れてしまいます。

大脳基底核(だいのうきていかく)

脳の無意識の神経系の集まりで、正確に行動を記憶することが得意です。指示を与えない限り同じ行動を繰り返します。あまりエネルギーを消費しないため、同じ行動でも長時間にわたり繰り返すことが可能です。


▼ 頑張ろうとすると脳は機能しない

エネルギー消費の激しい前頭葉で全ての行動をコントロールしようとすると、人はすぐに疲れて気力を失います。頑張れば頑張るほど、前頭葉が行動をコントロールすることにエネルギーを消費し、脳の司令塔としての機能が働きにくくなります。サルヴァでは「攻撃は頑張らない.」と伝えます。それは頑張ることを否定しているのではなく、脳の力を司令塔として駆け引きに使ってほしいからです。

ここで「頑張るという行為」について、脳科学者:茂木健一郎氏によると

脳の前頭葉には「努力するために使う回路」とも呼ぶべき部位があります。その回路が活性化されている状態が、一般的に「頑張っている」と呼ばれる状態です。この「努力する回路」は意外なことに、何かを習慣化したり継続したりすることには向いていません。なぜならその回路はことのほか脳のエネルギーを消耗させるため、頑張り続けると疲れてしまうからです。

つまり、毎日「頑張るんだ」と意識し続けている人は、実は相当な脳への負荷がかかっているのです。そう考えると、目の前の努力を「頑張る行為」と意識せず、何も意識せずに行えるよう「習慣化」することが成功への近道です。大人でも毎日の行動を「頑張るぞ」と意識して行動している人は、前頭葉に相当な負荷がかかっています。

▼ 前頭葉(ぜんとうよう)を頑張らせずに、司令塔として機能させる。

うまく力を抜いている人ほど、発想力や行動力が違うのは、脳の活用の仕方が上手いからです。Googleなどの企業が昼寝を取り入れているのも、ただ頑張るのではなく、脳の効率性と無関係ではないでしょう。そのためには、同じ行動を繰り返す事が得意な大脳基底核に、如何にして良い癖を覚え込ませるか?


▼ 行動にストップをかけられる前頭葉

「無意識の部分の大脳基底核(だいのうきていかく)に、如何に良い癖を覚え込ませるか?」を考えると、自分の意識の部分、前頭葉(ぜんとうよう)の働きについて考える必要があります。前頭葉は、「その行動の意味と結果を考え、良くないと思えば、行動にストップをかける」ことができます。

そのため、前頭葉を事故などで損傷した場合、人としての理性や結果を考えて行動することができなくなり、大脳基底核だけでは同じ行動を繰り返すようになります。前頭葉の「この行動を繰り返すことに意味があるのか?」と思考して、行動にストップをかける機能が、良い癖をつける際に邪魔してきます。

一度「やらされている」と受け身に感じてしまうと、脳が抑制されて前頭葉を中心とする「やる気の回路」がなかなか働かなくなるということが、脳科学でも証明されている。脳は「自分の課題だ」と実感したときに初めてやる気を出します。「脳の活動は抑制や制約により停滞する」が、それはあくまで「他者からの制約」です。自分で自分に課す「自分からの制約」は、逆に脳のモチベーションを上げる行為となるのです。頑張りを習慣化させるためには、余計なことに脳のエネルギーを使わないで済むよう、いかに脳を無意識モードに持っていけるかがポイント。


▼ 他律を自律に

練習をやらされている状態では、行動にストップをかける機能が働いており、無理やりやらせていても、その場から離れてしまえば、本当の意味では何も身についていないということになります。

たとえば、爪を噛む癖をつけようと思い、人から「爪を噛みなさい。爪を噛みなさい.」と言われて爪を噛んでいても、前頭葉は「なんで爪を噛まなあかんねん」と常にストップ機能が働いています。爪を噛む癖のある子は、自分からそう行動しているから爪を噛む癖が身についているのです。

行動を繰り返す事によって、癖にする。

→ そのためには、前頭葉のストップ機能を働かせない。

→ そのためには、自分の課題であると認識して、自分で行動する。

身につけたい癖は、それを「身につける意味は何なのか」を本人が納得することが大切です。そして、自分の課題だと認識すれば、そこからは前頭葉で頑張らずに、繰り返す事によって大脳基底核に癖として身につけていきます。

だからこそ、同じ行動をするのに、どんな言葉を伝えているかは大切です。指導者、保護者は、子どもたちが他律ではなく、自律で行動できるようにいつも考える必要があります。それは誰の課題なのか?指導者、保護者の課題ではなく、子どもの課題であることを理解させるために。

良い指導者というのは、練習メニュー以上に、子どもたちの脳に働きかけ、前頭葉を頑張らせずに、大切な事を身につけさせる言葉を持っています。良い癖を身につけることは、前頭葉を脳の司令塔として機能させ、駆け引きのために脳を使うことにつながります。