▼ 今の自分を超えていく

今の自分を超えることによる小さな達成感がその競技への楽しさと集中力を生み出します。人にはわからない小さな上達を自分自身だけは感じ取れるようになるまで自分を研ぎ澄ます。自分を理解して客観的に考えれるようになれば、超えるべき自分を感じられるようになる。

その心の動きに「セルフコーチング能力」を育てるカギがあると思います。心を考える上で、心理学者のマズローが提唱した「欲求5段階」では、人の欲求がどのような段階を上がっていくのかを教えてくれています。よくご存じの方も多いと思いますが、スポーツに関わる指導者、保護者、そして選手にとって、モチベーションを理解する上で非常に意味があると思いますので、簡単ながら記載します。


▼ マズローの欲求5段階

人の欲求には段階があり、各段階の欲求が満たされることによって初めて、次の段階の欲求を求めるようになります。

第1段階 : 生理的欲求

「生理的欲求」は、「食べたい、寝たい」と動物にもある生きるための本能的欲求です。この欲求が満たされると、第2段階の「安全欲求」を求めます。

第2段階 : 安全欲求

「安全欲求」は、「安心できる住まいがある、健康がある」といった、安心して生きたいと思う欲求です。暴力などにより常に脅かされている状況では、その状況を回避するためだけに行動し、他のことが考えにくくなります。この欲求が満たされると、第3段階の「社会的欲求 (帰属欲求)」を求めます。

第3段階 : 社会的欲求(帰属欲求)

「社会的欲求 (帰属欲求)」は、家族、チーム、会社など、「仲間が欲しい、集団に属したい」と思う欲求です。「生理的欲求」「安全欲求」の次にくることから、人にとって非常に基本的な欲求と言えます。ここまでの3段階の欲求は全て「外的」に満たされたいと願う欲求で、低次の欲求とされています。

サッカー少年であれば、家族によって「生理的欲求」「安全欲求」が満たされ、サッカーチームに属して、そのチームで過ごす時間が「楽しい」と思えるならば「社会的欲求 (帰属欲求)」が満たされるのではないでしょうか。この「外的な欲求」が満たされて初めて、自分の「内的な欲求」である高次の欲求を求める段階に進みます。

第4段階 : 尊厳欲求(承認欲求)

チームや社会に属していることが満たされると、そこで「人から認められたい、尊敬されたい」という「尊厳欲求 (承認欲求)」が発生します。活躍したい。勝ちたい。仕事を達成したい。そのことによって周りから認められたいという人間らしい欲求です。この欲求からは、心を充たしたいという内的な欲求へと変わり、高次の欲求を求めます。

サッカーチームであれば、活躍して仲間に認められたい。コーチに認められたい。または親に認められたい。と思う欲求です。本人がそう願い自分の技術を磨き活躍することは、非常に良いモチベーションになります。しかし、他者に承認してもらうことを必要としているため、外的な他者に依存しているとも言えます。周りが賞賛を利用してモチベーションをコントロールしようとすると、そこに依存してしまう危険性があることを常に意識する必要があります。

第5段階 : 自己実現欲求

そして最後は他者の承認を必要としない、「自分の能力を引き出し創造的な活動がしたい」という「自己実現欲求」へと変わります。これは極めて高度な欲求で、他者を気にせずに「自分自身の最大限の能力を引き出すことに喜びを感じられる」ということです。言い変えれば、「なれる中で最高の自分を目指す」ことを追求するとも言えます。

例えば、陸上100m選手などは、圧倒的タイム差があれば金メダルに届くか届かないかは事前にわかっているにもかかわらず、自分自身の自己ベストを目指して日々を過ごしています。これは「自己実現欲求」によりモチベーションを保っていると思います。


▼ なれる中で最高の自分を目指す

このマズローの欲求5段階は、世界一、日本一、強い、弱い、大人、子ども・・・etcに関わらず、どういう心にあるかを表しています。その中でスポーツは「なれる中で最高の自分を目指す」という「自己実現欲求」をチャレンジする人全てに与え、学ばせてくれます。

そして、自分の壁を超えていける選手というのは、常に自分で自分をコーチングしているタイプの選手。言わば、セルフコーチング能力の高い選手です。自分より上手い選手も下手な選手もいることを冷静に理解した上で、「今の自分を超えて行くには何が必要?」と考え、とことんまで自分と向き合っている選手。その中で、指導者のアドバイスを自分で噛み砕いて、次のステップへのきっかけに変えていっている。そういう選手は子どもであっても人として尊敬に値し、その姿勢から色々なことを教えられます。

結局、「誰かに言われて練習する」ことや、「誰かに認めてもらいたい承認要求」からくる頑張りは、自分の道を相手にゆだねた状況から抜け出せていない。むしろ、子どもが失敗を経験し、本気で自分を上手くさせるために悩み考えている時間は大切です。その成功、失敗、悩み、考える時間は本人だけの財産です。

だからこそ、育成年代から、「自分で自分をコーチング」していける人間に成長すれば、何にチャレンジしても道を切り開けるようようになっていくと思っています。もちろんサッカー選手として、アスリートとしても絶対に必要な能力です。スポーツは相手がいる以上、勝敗は存在します。だけど、

「なれる中で最高の自分を目指す」

それは、自分だけが決められること。それこそアスリートの原点であり、スポーツに取り組む大きな意義のひとつであると思います。