23:チーム外活動における弊害とは 〜前編〜

1.個人の成長を求めて・・・

2.保護者のモラルとは・・・

3.保護者の勘違い・・・

4.子どもたちの無限の可能性・・・

 

『チーム外活動における弊害について』と題して、前編と後編に分けて書かせていただきます。

今回の前編では主に『保護者の方の考え方』に対して記事を書かせていただきましたので、よろしければお時間のあるときにご覧ください。

 


1.個人の成長を求めて・・・

 

現在、少年を対象にしたサッカーチームは4種登録外チームやスクールなどを含めると大阪だけでも数え切れないほど、たくさんのチームが存在しております。当然、我々サルヴァもその中のただの一チームに過ぎません。

 

このような背景の中で所属選手によっては、複数チームでの掛け持ちをしての活動や、チーム外での活動に積極的に参加することで、個人のレベルアップを図る機会も多くなってきました。

 

当然、個人のスキルアップや心技体・知能や思考力の向上において、非常に素晴らしいことを教えられているチームやスクールもたくさんあると思います。

 

しかしその反面、それらのチーム外活動がキッカケとなり、サッカーの詰め込み教育、保護者のブランド志向、選手の他チームへの引き抜きや勧誘による退部などの問題も現実的に増えてきており、チーム外活動による弊害が様々な問題として起こり始めています。

 

我々サルヴァもサルヴァ所属選手以外を対象にしたZELDAサッカースクールやSalvaドリ塾を主催している身でありますので、その点も踏まえ、今回はそのことについて、少し記事を書かせていただきます。

 

また、選手の移籍に関しては前回の記事

 

の中で書かせていただいた通り、どこのチームへだろうと、移籍をすることは、選手それぞれの自由だと個人的には考えています。

 

そのような背景の中で、

 

『本当に選手の為になる選択とは何なのか? 』ということについて、

 

実際のところは選手の判断以上に、

 

『保護者のモラルが問われているのではないか?』とも思っているのです。

 

 


2.保護者のモラルとは・・・

 

最近よく目にしたり耳にするのは、チーム外活動の一つとして、色々なチームに所属している選手たちの中から、上手い選手や出来る選手たちをセレクト(集めて)して、より多くの知識や戦術などを教えるチーム外活動のスクールや、

 

海外からのメソッドを取り入れたイベント、サッカー協会やJ下部組織がエリートやアカデミー、選抜などと名前を付けて行う取り組みなど、

 

中には、週末にそれぞれが所属チームの試合や活動があるにも関わらず、チーム外での活動を優先して試合などに参加する団体もあります。

 

このような活動を主催する側の方々が一体どのような目的で、そしてどれほどの覚悟と責任を持った上で、集めた子どもたちに対して指導を行なっているのかという点については、当然我々も分かりません。

 

ですから推測で話をすることはできませんので、今回はそのことについての内容は控えさせていただきます。

 

ただし、このようなところに行かせる側の保護者の方々に対しては、街クラブの一指導者として、そして個人的な考え方として、選手にも保護者にも十分に気をつけてほしいと思う所がありますので、今回はそれらをお伝えさせていただきます。

 

まずはじめに保護者の方に一番お伝えしたいことは、

 

『セレクションやエリート、選抜や代表などどいう肩書きや名前に、振り回されたり惑わされたりしないでください。』

 

厳密にいうと、そこに属していることで得られる満足感や安心感、優越感などは一時のものにしか過ぎず、子どもたちの将来においてはほとんど何の役にも立ちません。

 

特にいつの時代でも、保護者の方(あらゆるチームや場所での様子)を見ていると、どこか子ども以上にブランド志向やエリート志向が強いと言いますか、

 

今この時点で、ここの組織に属しておかないと周りの子たちに取り残されていくといった、焦りや危機感のようなもの、

 

自分の子どもの顔と名前を今のうちから売り込んで、色々な方から注目してもらおうという必要以上の保護者のアピールなど、

 

その姿はまるで、テレビでよく目にするお受験戦争を戦う子どもとママとの親子関係の様子にも見えます。

 

本来であれば、

 

『子どもが好きで楽しく自由にプレーをしていたはずのサッカー』が、

 

いつのまにか周りを取り巻く大人の環境によっては、

 

『子どもの気持ち以上に大人の気持ちや都合が優先されている状況』をよく目にします。

 

皆さんもこのような光景を見たり感じたりしたことはないでしょうか?

 

もちろん何かを主催して選手を集める側は、エリートやセレクトなどといったネームバリューを付け加えることで、そのスクールの付加価値を上げたり、差別化を生み出すことを目的としていることは、誰にでも容易に想像がつくと思いますし、これが悪いことだとも思いません。

 

ただあくまで、選手や保護者の方に、冷静に考えてもらいたいことは、評価というものはいつでも第三者である他人が行うものであり、その結果がその選手にとっての全てではなく、あくまでその時の一部だということです。

 

また、人によっての評価の基準は様々であり曖昧です。

 

ましてや、その評価を下している他人は、あくまでも自分にとっての他人であり、これから先の自分の人生に対するすべてのことを、最後まで責任を持って関わり続けてくれるのかといった保証はどこにもありません。

 

ですから、そんなことに、いちいち振り回されたり捉われていてはいけないのです。

 

ただただ自分の人生に最後まで責任を持って関わってくれるのは、紛れもなく

 

『自分自身のみ』であり、

 

強いていうならば、それに加えて保護者の方ぐらいまでではないでしょうか。

 

子どもというのは、評価や選抜に受かった、落ちたなどといった結果や他人との比較などに捉われやすく、また、それらに対して一喜一憂することも当然あることでしょう。

 

ただし、それらをたしなめ、

 

『どんな時でも、自分が “何の為” に “何を行うのか” という焦点を外さずに、物事と真摯に向き合う姿勢』を、

 

教え与えるのが保護者の本来あるべき正しい役割ではないでしょうか。

 

 


3.保護者の勘違い・・・

 

しかし、現実ではセレクションやエリートに選ばれた、選抜や代表などに入った、ネームバリューのあるチームに属しているという肩書きや名前に誰よりもこだわり、

 

そこに受かることによって、我が子を自慢したいのか、仲間はずれにならないように少しでも安心したいのか、

 

理由はハッキリとは分かりませんが、とにかく流行りに乗り遅れまいとばかりに、

 

選手以上に、その合否や評価に懸けている保護者の方があまりにも多いと、最近すごく感じています。

 

まさか我が子という存在が、そのような考え方の保護者にとっては、まるで自分のブランドやアクセサリーの一部とでも思っているのでしょうか?

 

それならば、私は強く否定します。

 

そんな理由でサッカーを続けさせていては、いつまでたっても『選手は自立』しません。

 

なぜなら、子どもの気持ちを伸ばしたり、その気にさせて頑張らせることは非常に大切なことではありますが、

 

周囲の大人の期待や気持ちが、その子自身の心の状態を大きく追い越して先導してまうことは、大変危険なことを指導者として保護者以上に知っているからです。

 

特にこのような保護者主導でサッカーに取り組んでいる選手たちが多く見られる現象は、ジュニア年代ならではの問題ではないでしょうか。

 

なぜなら、カテゴリーが上がるにつれて、

 

子どもたちは親から離れ、それぞれ決められたルールや環境の中で遅かれ早かれ自分自身で考え、決断して行動を取り、それに対しての責任を負って果たしていくようになるからです。

 

ですから、ジュニア年代では、保護者主導で親がつまづかないように、子どもに対してのレールを引くのではなく、

 

子どもが自立していくための準備期間として、あくまでサッカーが好きな気持ちを大きく育んでいく中で、

 

● 自分の気持ちを大事にすること。

 

● 物事の結果に対して向き合うこと。

 

● 未来を描いて今に取り組むこと。

 

などをやらせてあげることが将来に向けての財産として、ジュニア年代ではより大切になってくるのではないでしょうか。

 

 


4.子どもたちの無限の可能性・・・

 

何度も言いますが、

 

『今の結果に振り回されないでください。』

 

色々なスクールに行かせてないことが決してマイナスではありません。

 

様々な問題が起こる度に、それがたとえ良い方向ではなかったとしても、それを糧に成長に繋げることが一番重要なのです。

 

「今の自分が、この先の未来で果たしてどうなっていくのか?」

 

予測はできたとしても、すべてがその通りにはならないことを我々大人はすでに知っているように、

 

まだまだ先の長い未来ある子どもたちにとって、将来どの子がプロになったり、サッカーが上手くなったり、

 

もっと言うならば、大きなことを成し遂げたり、多くの方から必要とされたり、世の中に影響を与えれる人間になれるのかということは、現時点の評価だけでは決して誰にも分かりません。

 

もしかしたら、今は全然目立たない存在の自分の子どもが、いつしかそのように化けることも当然考えられます。

 

なぜなら、我々大人たちはそれを知っているじゃないですか…

 

幼稚園、小中高、大学、社会人といった時代をこれまでに過ごしてきた中で、友人や知り合いなどの中から大きな成功を手にしている人も少なからず皆さんの周りにもいることでしょう。

 

ですが、今となっては素晴らしい結果や、その時からは考えられないような成長や功績を残している友人たちが、

 

必ずしも全員が、当時から

 

そのような評価を周りから受けてはいたのでしょうか?

 

これまでのすべてが順調だったのでしょうか?

 

私は私自身も含めて、幼少期の周りからの評価や、当時の大人たちから言われ続けていたであろう、おそらく人としての正しさや完璧な振る舞いについての指導など、

 

そんなことは今振り返れば、どれをとっても今の自分にとっては一番大切で必要なことではなく、失礼ながら全くもって覚えていません。

 

あくまで自分自身が、

 

その時強く感じたことや経験したこと、

 

自分の心を揺さぶるような人との出会いや出来事、

 

そのような心に強く残った思い出の中から大きな志や新たな目標が生まれ、

 

そこから自分の力で掴み取って、

 

様々なものを手に入れていくことこそが、

 

唯一無二の人生の難しさでもあり面白さだと思っています。

 

ですから、周りからの評価に悲観せず、または驕ることなく、誰かが通っているから自分たちもそこに乗り遅れないように通わそう、受けてさせてみようという焦りは決して持つ必要はありません。ただただ、

 

『今その子の成長にとって何が必要なのか?』

 

『その子に関わる指導者が、どのような想いや考え方でその子に向き合ってくれているのか?』

 

保護者の方々は正しい心と、自分の目で見て、深く考え悩んだうえで、子どもに対する選択肢や結論を出していくことが重要ではないでしょうか。

 

改めてジュニア年代における保護者の関わり方は重要です。

 

良かれと思って様々なチーム外活動に積極的にチャレンジすることは否定はしませんが、今一度子どもの未来を考えて、大人としての関わり方を見直す必要はないでしょうか?

 

子どもの気持ちを大人が大きく追い越すことなく、流行りや周りの評価を気にして、とりあえず詰め込むような選択を与えるのではなく、

 

あくまで大人は子どもたちのサポーターであり、人生の先輩として冷静にアドバイスを与えてあげるべきです。

 

子どもたちの可能性を潰さず広げれるような大人を目指して…

 

長文にお付き合いいただきありがとうございました。

 

サルヴァ ジ ソウザ
代表 白井 洸

 

※次回は【チーム外活動における弊害とは 〜後編〜】を予定しております。

 

 


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