17:指導者や親に認めてもらうためにプレーするわけではない

仲間を助けるために、自分が強くなる

 

4年生5人と3年生2人のメンバー構成で試合をする際に、3年生2人のメンバーを4年生に選んでもらった。その時、4年生が選んだ選手の1人は3年生の中心選手として活躍してきたA君。

そしてもう1人は、物静かで今まで仲間に助けられることの方が多かったB君。しかし、B君はこの大会の中で、落ち着きながら技術を発揮し仲間を助けて、時には外から見ている我々も驚くようなタイミングのプレーを魅せてくれていた。

4年生に「B君ええな!サイドでそのプレーやって!」

今までは仲間に助けられることが多かったB君。ピッチの中で、仲間を助けられるようになり、仲間から必要とされたB君はすごく嬉しかっただろう。

ピッチの外では、面白いことや、やさしいことは、人としての魅力であるが、ピッチの中では関係ない。
全ては、サッカーのプレーで語られる。

たとえピッチの外で物静かで面白いことをしなくても、ピッチに入れば、仲間の力になり、助けられる選手が、仲間に認められる。

そして仲間に必要とされるということは、チームワークの名のもとに仲良しごっこをすることではない。

自分の力で、仲間の力になること。

自分の力で、仲間を助けること。

そのためには、

自分が強くならなければならない。

人を助けるためには、弱い自分では助けることができない。
自分が強くならなければ、人を助けることはできない。

親は子どもが生まれた時から、この子の力になるために、強くなろうと無意識に決意している。特に母親は、助けられる弱い自分から、助けることができる強い自分になろうと、日々を生きている。まさに母は強し。

 

自分の技術を磨いたり、強くなるのは、仲間を助け、力になるため。

人の力になろうという決意は、自分の弱さを強さに変えていく。

 

 

指導者や親に認めてもらうためにプレーするわけではない

 

試合中にミスをして、指導者や親を気にしている子は、どこに向かって誰のためにサッカーをしているのか?

指導者や親にゴールを決めてこいと言われて、ゴールを決めるのではない。
仲間の力になるために、ゴールを決める。

指導者に、走れと言われて走るのではない。
仲間を助けるために、一番力になるタイミングで走る。

本当に仲間のためにプレーしている選手は、たとえ自分が3点ゴールを決めて、誰かのミスで失点して3-4で敗れたとしても、ミスを責めるのではなく、自分が外した2本のシュートを悔やむ。
そういう、どこまでも自分と向き合うことから逃げない選手が成長を加速させていく。

 

スポーツに限らず仕事でも、自分以外の人・モノに言い訳を探す人には進歩がない。そんな理由はいくらでも見つけようと思えば見つけれてしまう。もちろん、沢山の要素の中にその一部は含まれているが、いつでも「自分は、もっと何ができるのか?」と自分と向き合うことから逃げない人が、多くの成功を勝ち取ってきていることを知っている。

 

もし子どもが、味方や相手、他のことに原因を求める心があるならば、それは自分の可能性を否定する行為であることを教えてあげる必要がある。

「自分1人で4人抜けたらどうなっていた?
自分1人で相手2人を止めれたらどうなっていた?

これは小学生の試合でプロの試合ではない。このレベルで自分の可能性をあきらめて、他の理由や逃げ道を探すのか?ここにメッシがいたら、味方に文句を言わずに、どんなときでもゴールを目指してプレーしている。」

 

子どものころから

「自分の外に問題があると思うことが、一番の問題」

ということに気づかせてあげる必要がある。

 

サッカーをするのは、

指導者や親に認めてもらうためではない。

仲間の力になり、仲間を助けるために、どこまでも自分が強くなるため。

技術は仲間のために使ってこそ、本物の技術となる。

 

チームで指導しているフィロソフィーを、保護者の方が子どもたちと共有してくれることが、子どもたちの迷いをなくし成長を加速させます。

 

WRITER-KUME

 

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